公演がはねて、ホールを後にしながら、上気してきらきら輝く目で、「よかったです」「素晴しかったです」と声をかけてくださる。
素晴しいと感じた観客の皆様は、舞台に感動したと思っていらっしゃる。でも、本当は観客の皆様が素晴しくなったから、今日の舞台は素晴しかったのです。意識の洗濯、意識の深いところからの更新――それが芸術の力であり、価値であるといつも思います。
私たちの日常は、ごく些細なことにもあれこれと思いわずらい、不安を秘めてせわしなく流れていきます。もともとは柔らかな命が、ルーティーンの日々のなか萎縮し、いわゆる疲れがたまってきます。そこに、非日常への渇望が用意されていくのでしょう。
確かに、家庭で楽しめる小説やCD音楽も意識を揺さぶってくれますが、劇場や美術館に足を運んで、本物の前に五感をさらしてはじめて解ります。5月の雨が新緑をいちだんと輝かせるように、あるいは、夏の土砂降りの後の青空の明るさのように、根底から意識の洗濯をしてくれる力が芸術にはあると。
競争社会がますます激化し、すべてがスピードアップされていく今日、社会全体のバランスを配慮することはきわめて大切です。人類の誕生とともに歩みはじめた芸術の意義が広く認識される必要性をあらためて思います。 |